はじめに
 21世紀は、タンパク質の時代です。20世紀の生命科学は、ワトソン・クリックのDNA二重らせん構造の解明に始まり、遺伝子クローニングの時代を経て、ヒトゲノムプロジェクトでヒトの全DNA配列が明らかにされたことで、一つの区切りを迎えました。次の課題は、DNAを元に合成されるタンパク質の機能を解明することです。私たちは、分子シャペロンの一種であるAAA(トリプルA)ファミリータンパク質の機能解析を行なっています。

(1)分子シャペロンとは?

 生体の生命現象の多くは、タンパク質によって引き起こされます。タンパク質は、細胞の中で化学反応を触媒したり、細胞や細胞内小器官の構造を維持したり、細胞に運動能力を付加したりと、多くの重要な働きを担っています。細胞内でタンパク質が円滑に機能するためには、ある決まった高次構造に折り畳まれ(フォールディング)、これを維持する必要があります。しかし、周りの環境(温度、pHなど)が変わると、タンパク質自身の構造も変わってしまい、正常な機能を果たさなくなることがあります。細胞内には、タンパク質の構造を維持・管理することを専門とする一群のタンパク質として、分子シャペロンと呼ばれるタンパク質が存在します。
 近年、分子シャペロンの研究が進み、タンパク質のフォールディングを助ける機能だけではなく、細胞内の様々な生物現象に分子シャペロンが関わることが分かってきました。タンパク質が合成されてから分解に至るまでを「一生」に例えると、mRNAからの翻訳、フォールディング、移動、移動場所での生理機能発現、環境変化への対応、分解などがありますが、分子シャペロンは、このようなタンパク質の一生の様々な局面で陰に日向に手助けをしています。つまり、タンパク質は、一人で勝手に産まれて、一人で勝手に死ぬのではなく、タンパク質同士の濃密な「社会」の中で、様々な分子シャペロンに支えられながら、「一生」を過ごしているのです
 細胞やタンパク質のことを理解する上で、分子シャペロンについて研究することは、非常に重要かつ興味深いことなのです。

 シャペロンとは
シャペロンの元々の意味は、「社交界にデビューする若い未婚女性が、立派なレディになれるように、介添え後見役をする婦人」。これをタンパク質になぞらえたものが分子シャペロンです。つまり、分子シャペロンとは、「細胞の中で合成(デビュー)したばかりのタンパク質が、立派に機能を果たせるように、介添え後見役をするタンパク質」のことです。

(2)AAAファミリータンパク質とは?

 AAA (ATPases associated with diverse cellular activities;トリプルA)ファミリータンパク質は、細菌からヒトに至るまで普遍的に存在し、その名の通り多様な細胞機能に関与する分子シャペロンです。ATPを加水分解する活性(ATPase活性)を持ち、その反応で得られるエネルギーを利用して、分子複合体の構成因子の結合や解離を介添えすることにより、複合体の構造を変換するという特徴があります。つまり、AAAファミリータンパク質は、タンパク質、核酸、およびそれらの複合体の立体構造をエネルギー依存的に変換する分子シャペロンの一種です。

(3)NVL2の機能解析

 私たちは、AAAファミリータンパク質のメンバーであるNVL2(Nuclear VCP-like protein 2)の機能解析を行なっています。長らくその機能は不明でしたが、近年ようやく明らかになってきました。NVL2は、核、特にリボソーム生合成の場である核小体に局在し、リボソーム生合成に必要な分子シャペロンなのです。(PubMed
 ここで、リボソーム生合成について説明しましょう。
 リボソームは生体内のタンパク質合成装置ですが、非常に複雑な構造をしています。約80種類のリボソームタンパク質と4種類のリボソームRNA(rRNA)から構成される巨大な分子複合体です。リボソーム生合成は、まず核小体で、rRNA前駆体とリボソームタンパク質、他にも様々な補助因子が会合することで、リボソーム前駆体(プレリボソーム)と呼ばれる巨大な複合体が形成されます。プレリボソームは、多段階にわたる分子の結合と解離を経て成熟リボソームへと変換され、その過程でrRNA前駆体は、28S、18S、および5.8SのrRNAヘとプロセシングされます。また、別経路で5S rRNAが合成され、プレリボソームに組み込まれます。リボソームタンパク質以外のタンパク質は、最終的にプレリボソームから解離し、機能を持った成熟リボソームが形成されます。このように、リボソームが細胞内で構築されるためには、80種類のリボソームタンパク質、rRNAのプロセシングや組み込み、更に、多くの補助因子の結合と解離が整然と進行する必要があります。

 完成したリボソームの構造については、かなりの部分が明らかになっています。しかし、プレリボソームからリボソームに成熟する機構は、実はあまりよく分かっていません。私たちは、リボソーム生合成におけるNVL2の機能について、遺伝子発現解析や
プロテオーム解析など最新の手法を使って明らかにしようとしています。

(4)RNA代謝研究への展開

 最近、機能性RNAという分子が大きな注目を浴びています。これまで、RNAと言うと、mRNAなどのように、遺伝情報を伝達するような役目を中心に考えられてきましたが、最近、RNA自身が様々な形で遺伝子の発現を調節することが分かってきました。このように、機能を持ったRNAのことを、「機能性RNA」と言います。私たちの研究により、NVL2は機能性RNAの代謝で重要な役割を担うRNAヘリカーゼであるDOB1と結合することが明らかとなりました(PubMed)。私たちは、DOB1を中心としたRNA代謝関連タンパク質に着目し、プロテオーム解析を用いて、これらと相互作用するタンパク質の同定を進めています。私たちは、未知のRNA代謝複合体を世界に先駆けて発見し、その機能を解明する事を目指しています。

(5)創薬への応用

 2009年のノーベル化学賞は、「リボソームの構造と機能」に関する研究に贈られました。ヒトと細菌のリボソームの違いを明らかにし、細菌由来のリボソームだけに作用する化合物を見出すことが、治療薬開発につながります。更に、リボソームを標的とした薬物に対して、細菌が薬物耐性を獲得する過程で、リボソームの構造がどのように変化するのかを調べることによって、リボソームの他の部位を標的とした治療薬開発にも生かされます。他にも、リボソームの構成タンパク質が、癌遺伝子や癌抑制遺伝子の発現に関わっているという報告もあります。
 機能性RNAは、様々な遺伝子の発現を調節することから、疾患との関係が注目されており、現在世界中で機能性RNAを疾病の診断や治療に応用しようという研究が盛んに行なわれています。例えば、疾病の原因となるタンパク質の発現を機能性RNAで抑制できれば、機能性RNAそのものが治療薬となるわけです。NVL2は、機能性RNAの代謝と深く関わっていることから、今後病気との関係が明らかになるかもしれません。
 私たちが行なっているリボソームやRNA代謝に関する研究は、タンパク質の機能を明らかにするという非常に基礎的なものですが、将来的に疾病の治療薬開発に生かされる可能性は充分に考えられます。


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